南西急行電鉄研究会

X県鉄道網再編計画

 この計画は、新幹線のルート誘致活動が「他力本願に過ぎた」ことを教訓に、X県内の私鉄各線を県自身が強化・再編すべく、昭和40年5月にブチあげたものである。発表当時は大反響を呼んだ。これには湘南電鉄の高速化と弦崎鉄道との直通運転(現在の南武鉄道につながる)も盛り込まれていたが、それは割愛して現在の南西急行に直接関連する内容を抜き出してみると以下のようになる。

  • 京神線紅林から神津を通り湾岸地区・美咲空港・美咲へ通じる新線(湾岸新線)を建設する。
  • 湾岸新線は、京神電鉄・青海鉄道・水澄鉄道と県が出資する新会社(後の湾岸急行電鉄株式会社)が主体となって施工する
  • 神津駅東口に2面4線構成の地下駅を建設し、湾岸新線のターミナル駅とする
  • 美咲市内に新駅を建設し、湾岸新線と青海鉄道・水澄鉄道が乗り入れ、直通運転を行う
  • 将来的には湾岸急行電鉄、京神電鉄、青海鉄道、水澄鉄道の4社は合併して新会社を設立する
  • 新宿~美咲空港・美咲~青海・水澄間に直通列車を運転する
  • 実施完了目標は昭和51年とする

 この大プロジェクトは、美咲空港(当時、政府が建設を決定していた)の開港予定に合わせて昭和51年完了が目標とされたが、結局、昭和53年の開港時点では湾岸新線は部分開業の状態となり、一連の工事完工は昭和55年までずれ込むことになる。

 この計画の目的は、県および各自治体の開発計画と鉄道の整備計画を有機的に連繋させて、低コストで最大の効果を得ることにあるとされた。しかし、実態としては、県内の交通各社を県のコントロール下に置くために「資金は出すが口はそれ以上に出す」体制を整えることに主眼があった。また、南街道本線の輸送改善を進めない(当時の国鉄が多くの案件を抱えていて南街道本線ばかりに力を入れられなかったという事情もあるのだが)国鉄に対する不信感も、県に独自の鉄道建設を構想させる要因となっていた。


最近の更新
アクセス数
累計: 324866
本日: 272
昨日: 3455
一昨日: 2825

Contents