南西急行電鉄研究会

青海線複線化

1.工事の概要

 昭和55年12月に新宿神津から大観光地青海半島に特急が直通するようになると、当時の観光ブームもあって青海線の輸送需要は急激に増大した。しかし、湾岸新線開通時点では青海線は八浦以南が単線であり、輸送力増強には必然的に限界があるため、昭和58年度から全線の複線化工事が着手された。

 同様の問題は水澄線にも発生していたが、青海線が優先されたのは、青海半島の道路事情が悪く交通渋滞が地域内で問題化しており、観光バスやマイカーを鉄道利用に振り向けたいというX県の意向があったことによる。

 青海線の前身である青海鉄道は全線の複線化を当初から予定しており、トンネルや橋梁は複線対応の設備になっていて、会社統合の直前には電気設備の設計も完了していた。しかし、美咲総合駅建設や美咲市内高架化等のプロジェクトを優先するために、工事は長く凍結されていたのである。

 複線化はこれらの休眠設備を再整備する形で行われたので、用地買収が必要な箇所はほとんど無かった。青海鉄道の先達の周到な準備が南西急行を大いに救ったと言えよう。また地元にかなり無茶な協力(後述)を請うたこともあって工事は急ピッチで進められ、昭和62年4月に全線の複線化が完成した。

青海線複線化/ohmisen-fukusenka-before.gif
青海線複線化前の配線
青海線複線化/ohmisen-fukusenka-after.gif
青海線複線化後の配線

2.施工方法

青海線複線化/kouji.gif
複線化工事の施工の様子

 54kmの複線化を4年間という短期間で果たせた要因としては、前述のように用地買収がほとんど不要であったことと、複線化を見越して予め設備を造りこんでいたことが挙げられる。

 ホーム増設といった駅の構造を根本的に変える工事は(八浦駅を除いて)無く、基本的には駅間の用地に上り線の線路を増設するだけで済んでいる。その際にも、下図のように下り線に載線した工事用車両から上り線にアクセスできるように電化柱を下り線の海側に設け、信号・通信のケーブルも海側を通していたため、支障移転工事が不要であった。さらに、信号高圧線やき電線は単線時代のままとして設備の増を最小限に抑えて工事費を縮減し工期も短縮している。

 また、単線から複線に切り換える際は、上り線に事前に分岐器を挿入するのではなく、切換日当日に線路を振って繋ぎ変えるという力技で行った。この切換工事は、準備作業も含めて毎週水曜日の日中10時頃から15時頃まで八浦以南の全区間の列車運行を取りやめるというかなり乱暴な大胆な方法で施工している(夏休み・冬休み・春休み期間中や水曜日が祝日にあたる場合は除く)。このため、施工期間中は、沿線の各学校に水曜日の授業のコマ数を増やして下校時間を遅くしたり水曜日の行事を避けてもらうといった協力を仰いでいる。実際のところ、これが工期短縮には最も効果があったのだが、当然ながら世間的にはこの方法は大変不評を買ったのだった。


青海線複線化/motor-car.gif
工事用車両の例

 工事の際には下り線の線路を閉鎖し、施工区間の下り線に工事用列車を停車させて資材(舗装材、バラスト、枕木、レール、電柱、電線等)を運び込んだ。水曜日の日中の作業は、効率の面でも安全性の面でも大変有利であった。しかし、日中に線路切換を行った日は、朝方と夕方でダイヤが全く異なり、しかも1日のダイヤの中で全ての辻褄を合わせなければならないのでダイヤ作成の担当者は大変な思いをしたという。当時はまだダイヤを作成する専用のシステムが無かったからである。

3.全体工事のステップ

 以下のように、複線化工事は基本的には八浦方から進められた。ただし、各駅間の複線化のステップは、それぞれの駅の施工の難易度に応じて順番が入れ替えられている。

(0)複線化前の配線

青海線複線化/ohmisen-step0.gif

(1)昭和59(1984)年9月

青海線複線化/ohmisen-step1.gif

 八浦駅改良のため、昭和57年3月に八浦市浜間を複線化。その後、市浜飛田飛田郡塚間を複線化。

(2)昭和60(1985)年11月

青海線複線化/ohmisen-step4.gif

 八浦藤阪鶴神温泉北戸間複線化。陽光高原駅の配線改良のため列車交換機能を使用停止。

(3)昭和62(1987)年1月

青海線複線化/ohmisen-step7.gif

 桜崎までの複線化を完了。

(4)昭和62(1987)年4月

青海線複線化/ohmisen-step12.gif

 鶴神温泉陽光高原青海ヶ浦構内の切換を完了し複線化完成。

4.青海ヶ浦駅構内改良

 青海ヶ浦駅構内は、車両基地の洗浄線を潰して上り本線に造り変えるという工事内容となったため、後述のように別ステップで施工が進められた。なお、当駅はその後 高架駅に造り替えられている(別項を参照)。

(0)複線化前の配線

青海線複線化/ohmigaura-fukusenka-step0.gif

(1)昭和61(1986)年2月

青海線複線化/ohmigaura-fukusenka-step1.gif

 洗浄線を上り本線とするため、入換用引上線を延伸して入出区線化。洗浄装置を入出区線上に新設。

(2)昭和62(1987)年4月

青海線複線化/ohmigaura-fukusenka-step2.gif

 上り本線、4番線を新設し複線化完了。4番線は車両基地の引上線の代替設備として増設された。この切換を行ったときにはすでに桜崎まで複線化が完了していた。

5.八浦駅高架化

 青海線の輸送力を増強するうえでの課題として、複線化だけでなく八浦駅の高架化も挙げられていた。本工事は、青海線の複線化(昭和58年着工)より先の昭和55年度に着手されていたが、用地が狭く八浦鉄道線部分の高架化も含まれるために工法が大きく制約され、後発プロジェクトである本線複線化よりも後に竣工するという長期案件となった。

 八浦駅構内の変遷を別項に示すが、結局高架化工事は昭和62年4月の青海ヶ浦複線化にもゴールデンウィークにも間に合わず、ダイヤ改正は7月までズレ込んだ。この年のゴールデンウィークは観光客が大量に青海線に流れ込んで大混乱を起こしたため、南西急行は輸送力増強の遅れについて厳しい社会的批判を浴びた。



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