渋谷駅改良
toratora.wikiは2023年3月31日をもってサービスを終了します。1.プロジェクトの概要


渋谷駅は駅全体が東急百貨店渋谷店に呑み込まれ、"地下鉄"銀座線がその3階に乗り入れるという構造が大きな特徴(特長ではない)になっていたが、昭和13年の銀座線開業以来の複雑で使い勝手の最悪な設備をだましだまし使い続けるにも限界があって、昭和50年代はじめから抜本的な改良が議論されてきた。
渋谷駅には南西急行、国鉄、東急、京王、営団の5者が乗り入れて利害関係が複雑にからみあっており、議論はなかなか進展しなかった。簡単に言えば「誰が言いだしっぺになるか」で腹の探り合いが続いていたわけである。状況が変化するのは昭和58年。渋谷駅の事実上の大家である東急が同駅と周辺の再開発計画プロジェクトを発表したのを機に、設計協議が始まったのだった。
着工は昭和60(1985)年4月で、大規模駅を営業したまま改良する困難から工期は10年にもおよび、平成4年7月にSTEP5まで完成、平成6年10月にようやく現在形に至っている。この工事によって南西急行と他社路線(特にJR東日本)との乗り換えは格段に便利になり、後の新宿駅改良工事の際にも有効に機能した。
2.設計協議
旧渋谷駅で課題とされていたのは、「根本的に老朽化していること」以外に
- 南西急行・国鉄・東急・京王・営団それぞれの駅のラチ内コンコースが乗客数に対して全くスペースが足りていない
- 各線相互の乗り換えの流動に対してラチ外コンコースが幅員不足
- 営団銀座線に乗車する利用者の動線が長く・狭く・複雑
- 駅員や作業員のための執務スペース・待機スペースが不足
等が挙げられていた。とにかく手狭で利用客と職員の双方にとって使いにくい駅であったことは言うを待たない。
そこで駅改良プロジェクトの基本設計としては極力スペースを広く確保することが主眼とされたわけだが、渋谷駅自体が狭隘な谷間に造られた駅であるから、必然的に人工地盤を多層化した高価な構造とせざるを得ない。では、その工事費を誰がどのように拠出するべきか? というわけで、設計協議と並行して、駅改良プロジェクトの資金スキームも喧々諤々の議論となった。
その内容はあまりにもドロドロしているのでここで触れるのは避けるが、結果として決まったのは、駅の主要部分を南西急行・国鉄・東急・営団の4者が共同出資した株式会社「渋谷駅」の財産として一元管理することであった。これだけ利害関係が複雑に絡み合った駅を会社別に財産区分すると、完成してから数年も経てば、各社がバラバラに間内改良や増改築を繰り返した末に構造的にもデザイン的にもちぐはぐな元の渋谷駅に戻ってしまう。それを避けるための仕組みである。
3.第一期改良工事
STEP1 銀座線ホーム改造・東急百貨店撤去(昭和63年1月時点)
大改良工事の第一ステップは、駅全体を覆うように建っている東急百貨店を撤去することである。ただし、1階にコンコースを造るまでは3階のコンコース部分は残している。3階の営団銀座線は表参道方に半頭端式ホームを新設し、従来の乗車ホーム・降車ホームを東急百貨店と共に撤去している。このステップの時期は、銀座線の利用客が3階コンコースに集中したため大変な混雑となった。
2階(ホーム階)では、1階コンコースに通じる階段を新設するため、3階コンコースに通じる階段が一部撤去されている。1階の盛土部分は高架化するため線路を工事桁で支えて掘削を始めている。また、南西急行駅の3・4番線ホームは工事中の安全確保のため使用停止され、上下列車を1・2番線ホームのみで捌くことになった。
STEP2 1階コンコースを部分使用開始(平成元年2月)
3階銀座線ホームの中央部に、東部連絡通路に仮設した改札に通じる階段を新設している。次のステップで、銀座線の駅の機能をこの部分だけで担うことになる。南西急行の3・4番線ホームは新宿方に延伸し、1階新コンコースへの階段・エスカレータを使用開始。替わって1・2番線ホームを使用停止。1階では、盛土を掘削して南西急行と山手線のコンコースを構築している。これも次ステップで3階コンコースを撤去するための準備である。
STEP3 3階を撤去(平成2年1月)
1階コンコース使用開始を受けて3階コンコースを撤去。それにより旧東急百貨店の2・1階部分も完全に撤去。銀座線駅の機能は東部連絡通路に仮設した改札ときっぷ売り場のみで担うことになった。このステップが、渋谷駅が最も機能ダウンした状態であり、特に京王井の頭線から銀座線に乗り換えるには遠く1Fコンコース南側の通路まで迂回を強いられる等、利用客は大変な不便を強いられた。
また、駅の職員も、駅務スペースが無くなったことから近隣のオフィスビルを借りて事務作業をしていた。駅には職員の宿泊施設としての機能も必要だが、オフィスビルはそれには向かずホテルで代替した。その費用も馬鹿にならなかった。
STEP4 ホーム新設(平成3年12月)
山手貨物線の上り線を切り換えて、下り線との間にホームを新設。南西急行側も、旧1・2番線ホームを撤去して線路を切り換え、1番線ホームを造り直している。コンコースがまだできていないため、この段階ではホームは使用開始できない。
STEP5 3階コンコース新設(平成4年7月)
待望の3階コンコースが完成し銀座線ホームと直結。銀座線の仮設改札は使用停止。鬼のように不便だった駅がようやく機能を取り戻し始めた。南西急行の平成4年10月の白紙ダイヤ改正はこのステップの完成を受けて実施された。
なお、3階コンコースから西口側に降りるエスカレータは、旅客流動の確保のために一時的にJR山手線外回りホーム用のものを転用している。また、1階最南部の南西急行・JR改札口が使用停止され、次のステップに向けて造り変えられる。このため1階中央部のコンコース南側の改札は仮設状態になっている。このステップではまだ駅務スペースができておらず、駅職員の我慢の時期はまだ当分続くことになる。
STEP6 1階コンコース改良(平成6年7月)
駅社員に熱望されていた1階・3階の駅務スペースを使用開始。1階南部の旧コンコースを撤去し、新設したコンコースの南側に改札を新設。1階北側の改札も、きっぷ売り場の新設に伴い本来の計画の姿に移行している。第一期工事はこれで一応完成ということになった。
4.線路配線の変更

渋谷駅は、改良工事に伴い線路配線も変更されている。そのステップは大まかに言えば以下のようになる。
1.施工前
2.第1ホームのみを使用して第2ホームの上下空間を施工
3.第2ホームのみを使用して第1ホームを造り直す
4.新宿方の明治通りトンネル出口を拡張して下り本線を新線に切換
5.旧下り本線を引上線に造り直す
第2ステップと第3ステップの施工時期は平成4年10月改正前であったのでこのような施工方法ができたわけだが、それでも天下の渋谷駅の利用客を工事中のホーム1面2線で捌くのは至難の業であり、当時の駅社員は誘導・案内に大いに苦労させられた。
これに懲りた南西急行は、次に続く新宿駅改良工事では、駅そのものを営業休止して施工することを決断したのである。第四ステップで引上線が増設されたのは当駅の折り返し能力を増強して新宿駅の代替機能を持たせるためで、渋谷駅の工事そのものに必要なハードウェアではない。
5.第二期改良工事
(1)STEP7 再び機能縮退

(2)STEP8 渋谷スクランブルスクエア東棟完成

(2)完成形
共同開発ビルは、東棟(44階)・中央棟(9階)・西棟(12階)という大規模なもので、構想は渋谷駅の事実上の大家である東急電鉄の意向が強くはたらいている。中央棟・西棟の全てと東棟の15階までが商業用途、東棟の16階以上がオフィス用途となる。
また、現在の3階建の駅舎部分の屋根上に新たに4階が設けられる。4階は空中庭園と呼ぶべき憩いの場となり、ハチ公前広場→2F→3F→4Fを覆う大屋根が当駅の新しい象徴となる。銀座線ホームの上(4F)にも渋谷ヒカリエに通じるオープンエアの通路が設けられ、ハチ公前広場からヒカリエへの回遊性が格段に向上する。
完成時期は2020年度の見込みが遅れている。

