南西急行電鉄研究会

東京線

1.路線概要

東京線/rosen-tokyosen.gif
図1 東京線系の路線図

 東京線は南西急行電鉄の基幹路線である。通勤・通学輸送は勿論、東京~神津~美咲の都市間輸送、湾岸地区への行楽輸送、美咲空港アクセス、武蔵神宮への参詣客輸送…と需要は多種多様で、終日にわたり混雑する。また、東京~美咲間の都市間輸送ではJR南街道本線南武鉄道と三つ巴で競合しており、俗に「三南戦争」と呼ばれている。近年は南街道本線の東北・高崎・常磐線との直通運転開始によるJRの輸送サービスが大きく向上し、そこへ東急荻塚線の開通が加わって営業エリアが東急に侵食されるなど、南西急行の経営環境は一段と厳しさを増している。


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図2 東京線系の各線の区間

 東京線は新宿駅美咲駅間の本線と恵比寿駅旗塚駅間の「恵比寿支線」から成る。旗塚駅神津駅間が複々線区間である。また、付属路線として目黒台線(平成26年7月開業)、神宮線があり、南西急行社内の用語では東京線とこの2路線の総称を「東京線系」としているが、一般的には付属路線まで含めて「東京線」と呼ばれている。なお、東京線は本来は美咲が起点であるが、一般的な感覚と合わせるため、上り下りの呼称およびキロ呈は新宿を基点にしている。


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図3 東京線系の運転系統

 東京線の運転系統は、図3のように急行線と緩行線に分かれる。緩行線は、東京メトロ谷町線および新東武鉄道と三社相互直通運転を行っている。この系統は、車両の共通運用やグリーン車連結といった統一的な取り扱いがなされているが、統一的な名称は無かった。近年、三社でNEWS-Line(from South-West to North Eastの頭文字SWNEを並べ直してNEWSとした。「常に新しい」という意味も持たせている)という愛称を使い始めている。

2.駅一覧

 神宮線および目黒台線については別項を参照されたい。

キロ呈駅名各停
準快
準急区快快速急行
区急
快急特急
00.0新宿駅
03.1渋谷駅
恵比寿駅
05.2旗塚駅
07.0池尻駅
08.8新杉原駅
10.6岩崎駅
12.4三泉駅
14.2香堂駅
16.0姫川駅
17.8東仙寺駅
19.6紅林駅
21.4有川駅
23.2槙坂駅
25.0乾駅
26.8末木駅
28.6藤田駅
30.4新神津駅
32.2神津駅
34.9狩野駅
37.6日ノ出町駅
40.3海浜公園駅
43.0新長坂駅
45.7安本駅
48.4新成原駅
50.2関浜駅
52.0砂町駅
57.5美咲空港駅
63.0美咲駅

3.配線図

東京線/haisen-tokyosen.gif
図4 東京線系の線路配線

 東京線系の線路配線を図4に示す。青が急行線赤が緩行線を示している。複々線区間内では、旗塚駅紅林駅乾駅で急行線・緩行線間を転線できる。緩行線内の池尻駅三泉駅東仙寺駅には待避線があり、緩行線にも優等列車(準急)を運転し各駅停車列車の追い抜きを行っている。なお、図では判らないが神津駅の急行線ホームは地下、緩行線ホームは高架上にあり、別の駅と言っても差し支えない。

 東京線の配線の変遷は別項を参照されたい。

 関連項目:目黒台運転所紅林検車区関浜車両所

4.沿線風景

(1)新宿~紅林

 東京線は本来美咲が起点だが、ここでは新宿起点で表記する。

 南西急行の新宿駅は、平成8年10月にグランドオープンした「Times-Square」の1階部分にある。ホームは頭端式2面4線で、1・2番線が快速や急行などの一般列車用、3・4番線が特急および目黒台線用となっている。デパートの2階部分までを吹き抜けにした構造であり天井が高く広々としているものの、駅構内まで剛体架線としているので支持柱が10m間隔で立っていて少々目にうるさく感じられるのが欠点である。ホームの南端は「代々木口」改札があり、JR代々木駅に直接アクセスできる。

 現在の新宿駅ができる前は、甲州街道に面した駅舎が貧相で場末という雰囲気からどうしても抜け出せずにいた。「Times-Square」の建設と高島屋の誘致は、南西急行にとっては社運をかけた大プロジェクトであり、新宿駅の地位向上と乗客誘致に大きく貢献したと言える。

 新宿を出ると、ペデストリアンデッキや紀伊国屋書店ビルの切り欠きの下を通ってJR中央線の高架に突き当たったところで地下線に入る。この地下線は明治通トンネルといい、昭和29年の渋谷~新宿間延伸に伴い建設された。規格としては山岳トンネルの扱いである。平成5年10月~8年10月の間、新宿駅改良工事のために渋谷~新宿間を営業休止した際に、耐震補強や剛体架線化などの大改修が施工された。

 宮下公園付近でトンネルを出て勾配を駆け上がると、上下線の間に引上線が割り込んできて、JR山手線・埼京線が右に並び、共に巨大な正方形の箱に飲み込まれるようにして渋谷駅に入る。

 渋谷も、昭和60(1985)年~平成6年にかけて大改造されたが、こちらは駅を営業しながらの施工であったので新宿駅とは比較にならないほどの難工事であった。南西急行の渋谷駅は2面3線構造であり、朝ラッシュ時は2・3番線で上り列車を交互発着させて列車の高密度運転を可能としている。

 渋谷を出ると、線路は少し左にカーブしてから勾配を上り、右に大きくカーブしながらJRの線路を跨ぎこす。そしてすぐに代官山トンネルに入り、トンネルを抜けたところで上下線が離れて、その間に恵比寿支線(緩行線)の複線が地下から現れて方向別の複々線になる。

 その恵比寿支線は、地下鉄谷町線接続を目的に建設された恵比寿駅旗塚駅間1駅だけの路線である。恵比寿駅は2面2線の2層式地下駅で、駅の設置スペースが節減されたほか、都心方向に向かう列車から下車した乗客が山手線にスムーズに乗換できるように配慮されている。地下1階が都心方向、2階が郊外方向のホームとなっている。恵比寿を出ると、恵比寿支線は大きく右に、さらに左にカーブを切ってから勾配を上って地上に顔を出し、旗塚駅につながる。

 旗塚駅は山手通りの真上にあり、急行線・緩行線の乗換駅として全列車が停車する重要駅である。この駅は、ホームの両端に階段があり、乗換客の動線を邪魔しないように工夫されている。また、終点方の緩行線高架橋の下には頭端式の地平ホームがあり(平成25年12月使用開始)、目黒台線の線内運転列車や東京線の臨時列車の発着に使用されている。

 旗塚の西側では、線路は大きく左カーブしながら急行上り線と緩行線の立体交差を構成して、線路別複々線に移行する。旗塚以西の複々線が完全な方向別とならなかったのは建設費低減のためで、旅客の利便性の面で後退した感が否めないのは残念である。

 旗塚の次の池尻駅は緩行線専用駅だが、緩行線の島式ホームの外側に「緩行線用の通過線」を有する特異な構造になっている。これは、南西急行の前身たる京神電鉄の複々線化計画が方向別であったことの名残で、現行ダイヤでは各停が準急を待避するのは平日の朝ラッシュ時のみである。

 池尻から新杉原駅岩崎駅を過ぎると緩行線は高架のままで三泉駅に至る。ここは緩行線専用駅ながら2面4線の規模を有している。朝夕ラッシュ時は準急は通過し、それ以外の時間帯では準急と各停の緩急連絡が行われる。駅の表玄関は西口で、バス路線が集中するため乗降客は多い。そのため朝夕にも準急を停車させるよう地元から要望が出されているものの、「乗降客が多いが故に逆に優等列車を停車させられない」典型例と言える。急行線は駅の手前で地平に降り、旧三泉運転所の着発線を展開して再び高架に上がる。この線形のために三泉駅付近は鉄道によって街が分断されたままとなっており、都市計画上、長年の懸案になっていたが、目黒台線の開業と目黒台運転所新設に伴う三泉運転所の廃止によって解消に大きく動き出したことになる。

 次の香堂駅は東急大井町線との乗換駅で、京神電鉄の開業時点から高架駅であった。その後、京神が東急に吸収合併されていた時期に大井町線の駅と統合された経緯がある。その後、京神側の複々線化の際に再度作り変えられて現在に至っている。

 その次の姫川駅は、付近に女子高が3校集まっており、登下校時には大変賑やかになる。また、この付近は古い一戸建て住宅をマンションに建て替える再開発がブームになっていて、人口急増が問題化している。

 旗塚からの車窓は延々と続く住宅地だが、東仙寺駅付近までくると、西側に多摩丘陵が見えてくる。東仙寺は池尻と同じく緩行線の島式ホームの外側に通過線を設けた構造の駅である。駅を出るとすぐに多摩川橋梁を渡り、さらにJR川浜線をオーバークロスすると地平に降りて紅林に至る。

(2)紅林~神津

 紅林駅は大規模な橋上駅で、緩行線は2面3線、急行線は1面2線。急行線ホームはホームドアを設けているため幅が広く取られている。紅林を出ると、神宮線が立体交差で分岐し、線路西側の高台に上がっていく。

 紅林以南は、工事費が高くなる高架化をやめ、道路側をいじることで立体化されているので、南西急行の線路はほとんど地平か掘割の中を走る。紅林の次の有川駅は緩行上り線の西側の高台上に、さらに次の槙坂駅は線路を跨ぐ幹線道路に接する形で駅舎が造られている。

 このあたりは、旧京神電鉄が宅地開発をしたところで、現在も南西急行にとっては上得意客が住むエリアと言える。槙坂を出ると線路は一旦丘陵地から離れ、緩行下り線が急行上下線を跨ぎ越して、内側急行線方式の方向別複々線になる。そして高架駅の乾駅に滑り込む。

 乾も旧京神電鉄が開発した街で、古くからの急行停車駅であり、地形の関係で開業当初から高架化もなされていた。ホーム構成は2面4線の島式で、外側2線が緩行線、内側2線が急行線であり、急行線にのみホームドアが設備されている。

 乾を出ると再び線路は地平に戻り、方向別複々線のまま末木に至る。末木は、旗塚~神津間では最も乗降客が少なく、ホームも狭く駅自体がこじんまりとしている。

 末木駅の南側で内側2線の急行線は地下に潜り、緩行線だけが旧京神電鉄時代の線路を辿っていく。藤田駅はバス路線が集中するため乗降客は多く、広い相対式ホームを有している。藤田駅付近はいまだに立体化されておらず踏切が残っており、高架化を望む声が強いが都市計画決定はなされておらず、同駅の橋上駅舎化が竣工したことで可能性は遠のいた。

 藤田を出ると左手の人工地盤の下に藤田電留線があり、緩行線は高台から徐々に高度を下げて新幹線・南街道線・織田原線・京浜東北線と合流。新幹線の西側に寄り添って新神津駅に着く。南西急行・JR・南武鉄道の3社が集まっており乗換利便性は高いが、動線が合理的でなく評判は良くない。周辺は神津市が副都心として再開発を進めている。

 新神津を出ると新幹線が南西急行の高架のさらに上になるように覆いかぶさってきて神津駅に到着する。緩行線のホームは西口にある新幹線駅の真下にあり、新幹線・JR各線との乗換は大変便利。一方、急行線のホームは東口の三越百貨店前のロータリーの地下にあり、B1Fのコンコースが東口地下街に直結され、コンコースの下のB2Fが2面4線のホームとなっている。緩行線と急行線の駅はJRのホームを挟んで駅の反対側となるので相互の乗り換えは非常に不便であり、問題のある構造となっている。

(3)神津~新成原

 神津の急行線ホームを出ると左に大きくカーブしてから急勾配で地上に姿を現し、高架線に駆け上ると狩野駅である。南西急行の高架の右側には湾岸道路が並走する。このあたりは神津市の工業エリアで、朝夕は通勤客が多いが、日中は閑散としている。次の日ノ出町駅を出ると周辺は人口緑地が広がる公園エリアになり、右に大きくカーブして海浜公園駅に着く。

 この駅は巨大テーマパークKDRの最寄り駅であり、南西急行の重要拠点と言っていい。当駅は湾岸新線の計画時点から優等列車停車駅として2面4線で設計されたが、開業当初は急行は通過しており、停車するようになったのは昭和58年4月にKDW(Kozu Dizney World)がオープンした時であった。

 海浜公園駅から先も湾岸道路が線路の西側を並走する。新長坂駅はその湾岸道路を挟んで巨大ショッピングモール「ららぽーと」とベデストリアンデッキで直結されており、反対側(東側)は巨大ホームセンター「ジョイフルホンダ」と結ばれている。土曜・休日には買い物客で混雑するようになり、近年駅が大改装された。

 次の安本駅はニュータウンの中の駅で、低層の集合住宅から高・中層マンションへ建て替えが進んでおり、人口が急増している。安本を出て浜田川を渡ると線路の左側(海側)に巨大展示場”成原ポートサイト”が見えてきて新成原駅に着く。新成原は湾岸地区開発計画の中核を成す新都心「成原ポートシティ」の中心駅で、イベント時には大変な混雑となる。このイベント客をどう捌くかが、南西急行の長年の課題と言える。駅ができたばかりのころは周囲はただの未開発の原野に過ぎなかったが、街開きから20年以上が経過して、未来都市も成熟期を迎えている。

(4)新成原~美咲

 新成原駅は2面4線の構成で、外側の2線から車庫線が立体交差で分岐して関浜車両所へ向かう。本線は高架線のまま真っ直ぐ南下して関浜駅へ。同駅は関浜車両所の最寄駅で、開業当初は南西急行の現業社員の通勤のために造られたようなものだった。現在は、周囲は工業地帯に変貌したが、日中が閑散としていることは変わらない。

 関浜を出ると、関浜車両所からの車庫線が再び立体交差で合流して砂町駅へ。この駅は島式ホームで、上下線共に通過線がある。乗降客は湾岸新線区間で最少で、駅周辺は未だに空き地ばかりである。これは開発が頓挫しているのではなく、市街化調整区域として開発が抑制されているからだが、駅を運営している南西急行にとっては迷惑な事態ではある。

 砂町を出ると、美咲空港へ発着する飛行機を横目に見ながら空港島第1橋梁を渡る。ちなみに、湾岸道路はこの区間は海底トンネルとなっている。橋梁を渡って空港島に入るとすぐに高架から地下へ潜り、美咲空港のA滑走路とB滑走路を繋ぐ連絡路の真下を通って美咲空港駅に着く。

 美咲空港駅は、平成16年12月の空港第2ターミナルのオープンに合わせて大改修が行われ、少々古臭くなっていた設備を一新した。さらに平成19年10月にはJR線専用ホームが設けられ、それまで南西急行の駅にライバルたるJRの列車が乗り入れていたのが解消された。美咲空港を出ると、地下線のまま右に大きくカーブしてB滑走路の下を斜めに横切り、地下から一挙に高架へ駆け上って空港島第2橋梁を渡る。この橋梁は強風でしばしば列車の運転が阻害されたため、平成9年にトラスに防風板が取り付けられた。下り線の左側にはJR美咲空港線の新橋梁が建設され、美咲港の景色は見えにくくなった。

 橋梁を渡り終えて美咲の市街地へ入るとJR美咲空港線は高度を下げていき、南西急行の上下線間の斜路が下へ潜っていく。ここがかつて南西急行とJRの連絡線が分岐していた運河信号場である。「運河」という名前は、空港第2橋梁が渡っている空港運河に因んでいる。旧運河信号場から南の区間は高高架区間で、美咲の街並を見下ろして走るので新幹線に乗っているような気分になる。 やがて高架の右下にJR南街道本線が近づいて美咲駅に着く。

 美咲駅は4面8線の構成で私鉄では最大級の規模を誇る。ホームの割り当ては1・2番線=青海線、3・4番線=水澄線、5番線=当駅折返しの東京線快速、6番線=予備、7・8番線=上り急行・特急となっている。昭和52年に現美咲駅が使用開始された時点では3面6線であったが、その後の東京線の増発に対応するため平成4年に7・8番線が増設された。

 南西急行のホームは3階、コンコースは2階、JRのホームは1階で、駅と直行する形で南武鉄道の地下駅があり、200万都市美咲の中心駅として偉容を誇っている。

5.東京線の沿革

東京線/tokyosen-kensetsu.gif
図5 東京線系の建設主体

 東京線の路線形成の経緯は、図5に示すように若干複雑である。

 南西急行で最初に開業したのは大正12年の旧京神電鉄渋谷~武蔵神宮間であり、そこからかなり間が空いて昭和7年に紅林~神津間が開業。戦後の昭和29年に新宿~渋谷間を延伸して東京~神津間のインターバンとしての機能を発揮するようになった。昭和37年には、神津駅が新幹線と重層構造を成す高架駅に改築されている。

 昭和40年のX県鉄道網再編計画の発表、昭和43年のヨンサントオ協定締結により、京神電鉄は新会社(現在の南西急行)に組み込まれることとなり、その前提で旗塚駅紅林駅間の複々線化と恵比寿駅旗塚駅間の恵比寿支線建設工事を推進。昭和47年にいわゆる紅林複々線化を完成させて首都圏民鉄としては当時最強の設備を保有するに至った。

 また、紅林駅乾駅神津駅美咲駅を結ぶ湾岸新線の建設工事が湾岸急行電鉄によって着手され、昭和52年10月に美咲総合駅が使用開始。翌昭和53年5月に美咲空港の開業に合わせ湾岸新線新成原駅美咲駅間が暫定開業し、美咲側の施工が予定より大幅に遅れながらも進捗。昭和53年6月に紅林駅乾駅間が暫定複々線化、昭和55年10月に「プロジェクト全体の癌」と酷評された神津駅(地下駅)が完成し、同駅~新成原駅間が開業して南西急行の全線が鉄路で結ばれた。なお、この時点で新宿駅美咲駅間は東京線と改称され、南西急行の基幹路線となった。

 ところが、東京線は特に急行線側の設備が必要最低限の輸送力しか持たせないことを前提に設計されていたためにすぐに輸送力不足が露呈し、社会的に猛批判を浴びた。そこで南西急行は東京線の輸送力増強を決定。並行して渋谷駅を改良するなど、それまで手がつけられていなかった都心側の設備の改良を進めた。このように、路線全通後も設備投資に追いまくられたことが、現在にまで至る南西急行の高運賃の原因になっている。

 その後、美咲空港駅へのJR列車乗り入れ(これは平成19年10月に解消)新宿駅改良旗塚駅改良といったプロジェクトが展開された。そして平成26年7月に急行線の新しい支線として目黒台線が開業し、現在に至っている。

6.急行線のダイヤ

7.緩行線のダイヤ

8.妄想の解説

(1)東京線の複々線区間の設定

 南西急行を大きく特徴付けているのが、27kmに及ぶ複々線の設定だと思います。これだけのハードウェアを一民鉄が自力で建設するというのはあまりにも無理がありすぎるためか、多くの架空鉄道では長大複々線の設定が避けられています。しかし、現実世界では特に朝ラッシュ時に在京の民鉄がノロノロ運転を強いられていて歯がゆいこと甚だしいものがありますから、せめて架空鉄道ならそういうコトの無い路線にしたいものです。また、特に南西急行は三つ巴の競合に晒されているという別の設定があるので、やはり競争力のある設備が無いと勝負になりません。そういうわけで、「旗塚~紅林間では用地が取得済みであった」「紅林~神津間は県の増資により工事費が確保された」というなんとも都合のいい話をデッチ上げて複々線を設けました。「(前身の京神電鉄が)複々線用地を確保したために経営難に陥って東急に買収された」という歴史設定は、勿論後付けしたものです。

東京線/fukufukusen_mousou.gif
↑妄想当初の複々線区間の配線

 鉄ヲタが複々線を妄想するなら当然方向別複々線! というわけで、南西急行でも妄想当初は上図のような外側急行線方式の方向別複々線としていました。紅林駅(このころ駅名を決めていた記憶が無いのですが、記号としてこう呼びます)に急行線・緩行線共用の車両基地を設け、神津駅は3面6線として日中は緩行線←→急行線の乗り換えがホーム上でできるよう配線していました(緩行線列車を神津以遠に延長運転することも可能)

 しかし、この設備を工事するとなると、別項で述べているように、神津駅の3面6線という規模が何とも苦しくなってきますし、「大規模な地下駅が欲しい」という希望もありまして、結局同駅の急行線ホームを地下化して現在に至っています。

 次に問題になったのが、紅林車両基地の処理能力です。つまり、緩行線・急行線の基地を共用にしたら、朝のラッシュが一段落した後に押し寄せてくる入庫列車を捌ききれるのか…? という点で、これはちょっと検討しただけですぐに破綻することが確定しました。

 そうなると、急行線用の基地を別途設けなければならなくなります。ですが、方向別複々線における車両基地への分岐線は高価な設備になります(現実世界ならJR東日本の尾久やJR西日本の大阪地区がそうですね)ので、この時点で方向別という設定自体が苦しくなってくるわけです。

 何せ、南西急行はこの複々線化と同時に湾岸新線の建設を並行して進めているのですから、工期的にも工事費的にも複雑な設備は忌避されるというのが自然です。また、紅林駅を方向別化すると上り方向で緩行線→急行線の乗り換え客が殺到してしまい、急行線の車両を転換クロスシート車にするというもう一つの「鉄ヲタ的萌え要素」を含めるのが極めて困難になります。

 そういうことで、この複々線は大部分を線路別化し、旗塚・乾の2駅の前後だけ方向別化する…という方針に化けていきました。 もちろん、妄想鉄道ですからいくらでも豪華な設備を設定してもかまわないのですけど、あまりにも都合が良すぎる設備というのもまた萌えられなくなりますから、現状の設定がそこそこバランスが取れているのではないかと考えています。

(2)都心側ターミナル駅の設定

東京線/hatazuka_old.gif
旗塚駅の旧来の設定

 東京線では、別項の図版にあるように、山手線上に「旗塚」という架空駅を設け、さらに都心側に延伸して、中央線との接続駅として「古橋」というターミナル駅を設ける妄想をしていました。旗塚は京王線の"笹塚"が、古橋は"新橋"が名称の由来です。旗塚駅は、もともとは3階を急行線2面4線、2階を緩行線2面2線とコンコース+改札、1階をJR線ホームとする巨大立体駅とするつもりでした(緩行線はここから地下鉄に直通する)。しかし、やはり一私鉄がこんな巨大建築をするというのは理屈付けが大変です。また、山手線にこんな大規模な架空駅を造ると、いずれは東京都内の路線体系も大きく改変しなければならなくなりそうです。

 そこで、南西急行は現実世界の東急東横線の路線を乗っ取ることにして、山手線の接続駅も渋谷駅ということにしてしまいました。正直なところ、なんでもかんでも妄想するというのは、いくら趣味でやっていることでも大変です。

 緩行線については、地下鉄に直通させるという設定は残したかったので、渋谷駅の一つ先(東横線の中目黒駅に相当する)に改めて「旗塚駅」を設けてそこから分岐することにしました。ただし、そこから先を地下鉄線にしてしまうと、山手線に乗り換える緩行線の乗客が旗塚で急行線に殺到してしまいますから、それを防ぐために旗塚の一つ都心側の恵比寿までを南西急行の路線としたわけです。

東京線/furuhashi.gif
古橋駅の構造

 幻のターミナルとなった古橋駅は、現実世界の市ヶ谷駅を巨大ターミナルにしたような構造で、南西急行の駅だけでも3面6線の規模を誇っていました。が、位置的に苦しいこと、駅名がイマイチ萌えられないこと等から、結局既存の新宿駅をターミナルとして廃止しました。図版は、今回新たに書き下ろしたものです。

 実際には、筆者の脳内ではもう少し複雑な路線の変遷があるのですが、それをここで細かく述べるのはやめておきます。

(3)湾岸線区間の設定

 神津~美咲間の「湾岸新線」区間は現実世界の京葉線をモデルに、長大橋梁を渡って空港直下の地下駅に着発するということで関西空港線のイメージを取り入れています。通常、空港ってものは支線の終点にあるというのが相場ですが、「南西急行電鉄」では、空港を通過点として大都市美咲に至るというルート設定にしています。このほうが圧倒的に利便性が高いですから。

 また、路線の途中にある車両基地も両出口方式として、待避設備も2面4線とするなど、比較的新しい設計の路線である、ということにしています。


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