南西急行電鉄研究会

三泉運転所

1.概要

 三泉運転所は、南西急行の都心側の拠点となる車両基地であったが、平成26年7月にその機能を目黒台運転所に譲り使用廃止された。

 京神電鉄時代は工場機能をも有した基幹基地であり、旗塚~紅林間の高架複々線化に伴い工場機能が紅林に移転されて検車区化され、さらに平成14年3月の車両基地の再編成による運転所化(所属車両を持たなくなった)と時を経て組織は縮小されてきたものの、ターミナル駅至近の留置線として重要な施設であった。

 しかし、紅林複々線化の際に、当基地の存在により当駅付近の急行線が地平のままとなったことで、(緩行線が高架化されているのに)鉄道による街の分断という問題は未解決となり、当基地の移転と三泉駅付近の完全高架化は南西急行にとって長年の経営課題であった。冒頭のとおり基地機能の移転を果たしたことで、今後の動向が注目されるところである。

2.レイアウト

(1)三泉車両基地時代

三泉運転所/depo-mitsuizumi-old.gif
旧三泉車両基地のレイアウト(京神電鉄時代)

 京神電鉄時代の三泉車両基地。手狭な用地にあらゆる機能を詰め込んでいたため、

  • 留置線が全て行き止まり式の2区制であり出区順序を変更するための入換が頻繁に発生する
  • 基地内の車両の入換に洗浄線を使わなければならない
  • 車両を洗浄機に通す際に着発線(下り1・2番線)を1線占有する
  • 検査庫へアクセスできる留置線が限定される
  • 工場に試運転線が無く、出場した車両の試運転は通路線を使って行わねばならない

 という具合に、非常に使い勝手の悪い基地であった。そもそも、基地が三泉駅のターミナル(新宿)方にあって、大半の列車の入出区が三泉駅での方向転換を必要とすることも運転サイドにとっては大きなストレスであった。工場・検査棟も開業当時からの設備であり、昭和40年代の当時にしてすでに老朽化が指摘されていた。

(2)三泉運転所時代

三泉運転所/depo-mitsuizumi.gif
三泉運転所のレイアウト

 紅林検車区新設に伴う所属車両数の減により旧工場部分と電留1~8番線が撤去されている。紅林複々線化の計画検討の再には検査・修繕線まで撤去することまで考えられたが、当時は、将来的に当基地が東京~青海・水澄間直通特急の東京側整備基地として重要になるという観測があり、結果として建物部分のみが建て替えられている(当時は車両の検査周期が現在よりもかなり短かったという事情もある)

 また、当基地への出入口となる三泉駅については、急行線の高速運転に対応させるために配線が改良された。それでも、急行上り線へのアクセスに急行下り線の平面交差が必要という厄介な制約は残っていた。ここに立体交差を設ける案は何度も提出され、「社として将来的に廃止する方針のところに投資はできぬ」と、そのたびに潰された。


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